源氏と平氏の戦いはどこであったの?

平氏はだんだん西へ追いつめられて滅んだんだ。

御家人は、合戦で自分の名誉のために命をかけて戦ったんだ。
そして、手柄を立て、恩賞をもらうために名をあげようとしたんだね。

みなもとのよりとも

壇ノ浦の戦い(1185年3月)

く り から

倶利伽羅峠の戦い(1183年5月)

B

E

それぞれの合戦をクリックして調べてみよう
つぎへすすむ

源頼朝と鎌倉幕府のはじまり

日本中で源平の戦いは行われていたんだよ。

豆知識3,戦いの作法 
  ○軍使の交換(日時と場所を決める)
  ○「ヤアヤアわれこそは、○○○○なり・・・」と名乗りをあげ宣伝する
    (名前や身分、出身地を名乗るほか、一族のすぐれた家系を自慢する)
  ○合戦で大事なこと  ・先がけ(一番乗りすること)
                ・討ち死に(勇敢(ゆうかん)に戦って死ぬこと)
                             ※犬死(むだに死ぬ)とはちがう
        
豆知識4,平氏の赤旗、源氏の白旗
  運動会で紅組、白組に分かれる紅白の起源となった。

源平の合戦

屋島の戦い(1185年2月)

一ノ谷の戦い(1184年2月)

D

C

富士川の戦い(1180年10月)

A

石橋山の合戦(1180年8月)

@

 はじめのページへもどる 〉