鶴岡八幡宮と切通しは紹介があるよ。文字をクリックしてね。
戦いのときには、鎌倉街道を通って、御家人が鎌倉にかけつけたんだね。
かれらは、朝廷や平氏の政治に不満をもち、頼朝が武士のための政府を東国につくることをのぞんでいたんだ。
源氏にゆかりの深い鎌倉に幕府を開いたんだね。
鎌倉は、源頼義が、源氏の氏神の石清水八幡宮のご分霊をむかえた地、源義朝が住んでいた地、と言われているね。
鎌倉への入り口は、狭い切通しだけだったんだ。守りやすく攻められにくい土地だったからここに幕府を開いたんだね。
それに、鎌倉は、三方を山、南を海に囲まれた地形だね。
敵の侵入を防ぐことができる自然の要害と言えるね。
鎌倉は、交通の重要地点で、東海道沿いの重要地なんだね。
この街道は、今でも関東各地に残っているよ。
そうすると、源氏が、古くから関東に力をもっていたから、鎌倉に幕府を開いたと考えられるね。また、都で平氏みたいに貴族のようになって、力が弱まることをおそれたんだよ。
鎌倉には、頼朝が篤く敬った鶴岡八幡宮があるんだよ。