源頼朝と鎌倉幕府のはじまり

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みなもとのよりとも

文字の色が変わっているところは人物の紹介があるよ。

平治の乱で敗れた源氏は、どのようになったの?

平氏の世の中になったけど、頼朝は源氏の再興の機会を待っていたんだね。

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そうだね。高い地位や多くの荘園を手に入れ、思いのままで政治を行ったり、武士でありながら貴族のような暮らしをして栄華をほこったんだね。
頼朝は、伊豆の蛭ヶ小島に流されたんだ。義朝の幼い子どもたちは、助けられたけど、はなればなれになり、義経(よしつね)は、寺に預けられたんだ。

平氏じゃなきゃ人じゃない、なんて、
何かおごり高ぶっているようだよね。

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義朝と長男の義平は、東国に逃れる途中、捕らえられて殺されてしまったんだよね。二男の朝長(ともなが)は、自害したんだよね。
きっと、頼朝の力になった武士がいたんだよね。
それで、貴族や寺社の反感を招いたんだ。
「平氏にあらずんば人にあらず。」という言葉を聞いたことがあるかな?
頼朝が流された伊豆で力を持っていた北条政子(ほうじょうまさこ)の父親、時政(ときまさ)が、挙兵を助けたんだ。
こうして、地方の武士が兵をあげたんだ。
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地方の武士も平氏のやり方に不満を持ったんだ。

頼朝の挙兵