源頼朝と鎌倉幕府のはじまり

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みなもとのよりとも

  地頭
 (1185年)

  守護
 (1185年)

問注所
(1184年)

 政所
 (1191年)

  侍所
 (1180年)

〈地方〉

(1203年)

執権

(1192年)

将軍

〈鎌倉 (中央)〉

鎌倉幕府のしくみ(年号は設置された年)

土地を仲立ちとして、御恩と奉公の関係で結ばれていたんだ。

土地を仲立ちとして、御恩に対して奉公で報いる、
将軍と御家人の関係を封建制度というんだよ。

六波羅探題(ろくはらたんだい)
  (1221年)

この時代に、土地は「一所懸命」と命をかけて、守ろうとしていた。頼朝は、御家人の土地を守ったり、手柄によって新しい領地をあたえたりしたんだ。これが、御恩。その代わりに、御家人は、戦いの時には、「いざ鎌倉」と家来をひきつれてかけつけ、幕府のために命がけで戦ったんだ。これが奉公なんだ。

3か所の青いところをクリックしてみよう

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鎌倉には、侍所、政所、問注所という役所がおかれた。頼朝が開いたこれらの役所を鎌倉幕府というんだ。こうして、武家社会のしくみが整い、公家に代わって、武士が中心となって世の中を動かすようになっていったんだよ。

じゃあ、幕府のしくみは、どうなっていたの?

武家社会のしくみ

有力な御家人は、守護や地頭という役人に任命されたんだ。

鎌倉幕府を開く(2)

将軍と御家人は、どのような関係で結ばれていたの?

頼朝と主従関係にある武士を御家人と言うんだね。

御恩

青い部分をマウスでさしてみよう

奉公

支配

年貢・労役

1.先祖伝来の土地
 の支配権を認
 める。
2.新たに土地を与
 える。
3.守護や地頭に任
 命する。

1.京都と鎌倉の
 警備をする。
2.戦時に将軍の
 ために一族を
 率いて戦う。

主従関係

農民

御家人

将軍

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