・大名配置の工夫

江戸時代を探る!

 それにしても、大名は260人ぐらいいたんでしょう?
その人たちの配置を考えるのは大変だったでしょう。

写真・図版等の二次使用はおやめください。

親藩(しんぱん):徳川将軍家の一族
譜代(ふだい):関ヶ原の戦い以前から徳川氏の家臣であった大名
外様(とざま):関ヶ原の戦い以後に徳川氏に従った大名

 

 

 確かに、大名の配置替えは大変なことで、ひとつの藩を動かすと、他の藩も同時にいくつか動かさねばならない。幕府としても大変苦労して調整を行うのだ。また、異動となる藩の武士たちも、単に勤務地が変わるということだけでなく、新しい土地の豊かさによって、収入が増減するから大変だ。庶民にとっても、領主が変わるたびに法令や年貢の率などが変わることもあるから、その影響は大きかったのだ。

 良く気がついたね。地図をよく見てごらん。外様大名のまわりには、かならず親藩・譜代の大名領が存在するだろう。これは、外様大名の領地のまわりに親藩・譜代大名を配置することで、外様大名を監視したのだ。外様どうしで手を組まれたら大変だからね。

江戸幕府が265年間も続いた
 のはなぜだろう
 
江戸時代を探るキーワード
  有力者を滅ぼす 
  幕府の仕組みの工夫 
  大名の統制 その1 
  大名の統制 その2 
  身分制度の確立 
  貿易の統制と独占 
  幕府の豊かな財源
  交通網の整備 
  広大な直轄領 
  キリスト教対策 

大名の統制  その1

 あれ?よく見ると、遠方に配置された親藩や譜代もいるよ?
どうしてかな?

  そのとおりだね。島津氏や黒田氏、伊達(だて)氏のように、関ヶ原の戦い以前からの領地を維持している藩もあるが、多くの藩は、江戸時代の初めごろに配置替えをされた。特にかつての敵である外様大名に対しては、法令違反や跡継(あとつ)ぎの不在などを口実に、大名の取り(つぶ)し(改易(かいえき))や領土削減(減封(げんぽう))、他の土地への異動(転封(てんぽう))が積極的に行われたのだ。
 外様大名が抜けたあとは、親藩や譜代大名を配置したり、直轄地(ちょっかつち)にしたりすることが多い。江戸に近いところに領地があった外様大名は、遠くに配置替えになることが多かったのだよ。こうして、外様大名の勢力を削ろうとしたわけだ

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 幕府は大名をどのように支配したのかな?
まずは、大名の配置図を見てみよう。

 外様大名領は、江戸から離れたところにあるね。

地図を見て、どんなことがわるかな?